教育について

●日本の教育は、明治時代からの欧米列強に追いつき追い越せの域から出ていない。今は英語が必要ということで勉強して いる。昔は唐・隋・百済・新羅から鉄の技術や絹、建築技術、文化などを吸収するために漢字や漢詩を勉強していた。今は イギリスで産業革命が起こり、アメリカでフォードがベルトコンベアによる大量生産で車をつくったりしたので、いろんな 分野で技術を吸収するために英語が必要になり、医学の分野では蘭学からドイツ語→英語となり、現在はIT分野をはじめ とするインターネットやコンピュータ言語、OS、データベース、エクセル、ワードなどすべて英語が必要である。
●ところが、日本は中学・高校・大学と9年間も英語を勉強しているのに、ちっとも身になっていない。これは、受験英語に 弊害があると思う。文法や単語、慣用句などの重箱をつくような問題を問うことばかりやっているからだ。語学は耳から入 って違和感がなくなり、そのうち自然と意味がわかりしゃべれるようになる。翻訳だけしていた時代は終わったのである。自 分の考えや意見を英語で言えるようにならなくてはならない。
●また、教える先生にも問題がある。一流高校、一流大学へ合格させるための授業ばかりやっている。将来、子供たちが大人 になったときに必要な知恵や技術を習得させるべきである。また、興味を引くように工夫すべきである。理科離れがすすんで いるというが、それは、実験や観察をする時間を減らしているからである。感動したり、不思議に思わないと、自分からすす んで勉強はしない。魚の絵を描けなかったり、ご飯を炊けなかったり、包丁を使えなかったり、ドライバーやニッパなどの工 具を使ったことがなかったり、ラジオやテレビを分解したことのない人間が、偏差値が高いからといって医学部や工学部、電 気学部にいってもしょうがない。暗記が得意というだけである。答えのない、まだ海のものとも山のものともわからない難題
に挑戦する若者を教育していくべきである。
●自転車に乗るのと車を運転するのは、頭だけで覚えてもなかなかできない。経験、体験など実際に練習しないとものになら ない。失敗して悔しい思いをして成長するのである。料理をそうである。いくらレシピを覚えても、実際につくらないとおい しい料理はできない。味付けもうすくからだんだん濃くしていったりなど経験と勘でできるようになる。今の60歳以上の方は 、計量カップなど使わずに目分量でやっていた人が多くいたはずである。また、生活していく上でおばあちゃんの知恵なども
大切である。
●数学はなぜ必要なのか?論理的に物事をすすめるために必要だという答えが返ってくる。しかし、自分は関数や微分・積分 、確率、行列、集合、複素数(虚数iなど)は、電気の交流やコンピュータに実際に使われているのだから、生徒の興味を引く ために、企業や大学で研究している社会人を講師として招いて講演してもらえば、生徒も数学をもっと好きになると思う。